キャバレー

先日、舞台を観ました。

  キャバレー 話題の色っぽいポスター
  長澤まさみ・石丸幹二・小池徹平・小松和重・村杉蝉之介・平岩紙 ・秋山菜津子

それにしても。
舞台中に携帯が鳴る~という不快なことによく当たります。
アナウンスで「電源を落として」と云われているのに、静かな場面に限ってブーブーとバイブ音を響かせる人が必ずいるんですよね。
だ~か~ら~マナーモードも禁止だってば!(#^ω^)ビキビキ

しかし!
今回は、携帯を上回る事件がありました。

舞台中。
後方から「カシャ」という音。
しかも何度も。何度も。何度も!


気になって舞台に集中できな~い!!!!!

途中休憩でトイレに立ったら、前に並んでいた2人連れが
 「あれって写メの音だよね」「信じられない!」「せめてもっとコッソリ撮れっての!」
と話していたので、
「気になりますよね~!」と、つい参戦。

スタッフが注意したのか、二幕からは音がなくなったのが幸いでしたが、
ホント信ジラレナ~イ!!!(>_<)

  キャバレー 入り口ポスターいっぱい

と、まぁ。
何だかスッキリしない観劇となりましたが、以下感想デス。
まだ公演中みたいなので閉鎖しますm(__)m

 
スポンサーサイト

志の輔らくご in NIPPON

今年の舞台初めは落語でした。

毎年1回書いてる(行ってる)志の輔師匠の落語会。
毎年書いてますが、この人、
本っ当にチケットが取りづらいんですよね(-_-)

  志の輔らくご 2017 ポスターがなかったのでチラシ
  入場時にこの柄のクリアファイルを貰いました

今回は、さらに輪をかけて取りづらかった・・・・らしいです。

というのも、
志の輔師匠、毎年1月に1ヶ月間、東京の渋谷パルコ劇場で「落語会」を開いていたのですが、
当のパルコが3年をかけて改装中。
落語会も出来ない。

そこで
今まで全国各地から東京まで来ていただいたお客様のところへこの機会に自分から出向こう
となったんだそうで。

来てもらうのは嬉しいけど、
いつもの仙台公演とは別に、東京へ行っていたお客サンも流れてきた訳で。

  志の輔らくご 2017 チラシより
  ちなみにガッテンしているこのオジサンが立川志の輔師匠

“全国”といっても、実際には12ヵ所
・・・・いいですか?
1ヶ月の間パルコ劇場を満員にしていたのが、12ヵ所で入りきれる・・・・わけがない訳で。


チケットの発売が全国12ヵ所同日でしたが、
全て即日完売だったとか。

幸い先行予約(←これが往復ハガキで当選してから振込という旧時代式)に当選し
無事チケットを抑える事ができましたが、
毎年毎年「今回は大丈夫だろうか~」心配になります。

ヤレヤレ・・・・取れて良かったぁ~(^^;)
なんせ一緒に行く伯母や母が楽しみにしているので責任重大です。

  志の輔らくご 2017 そして毎度のお花はサンドより

いつもの年1回の仙台公演では、

  前座で、お弟子サンが一席
  師匠が一席
  休憩はさんで、色モノ(三味とか)
  師匠がさらに一席

という流れですが、
今回は正月公演だからか、はたまたパルコ仕様なのか、全然違いました。

まずは初めの出囃子の音が・・・?いつもと違う・・・・・。
いつもの三味や太鼓の「さぁ噺家さんが出てくるぞ~♪」という軽妙な音ではなく、
太鼓だけの構成で、聴き入ってしまうような一曲。
その後「杜の~都の~♪」と朗々とした唄が入り。明らかに仙台仕様。


スゴい!スゴ~い!
緞帳が上がる前からワクワク感いっぱい(^o^)


お弟子サン無しで
ハナから、紋付姿の志の輔師匠から始まり

一席終わると同時に
客席から笛の音がピ~ヒャララ~・・・・獅子舞が出てきて
お客サンの頭を噛みながらステージへ。
笛や太鼓に合わせて見事な獅子舞い。

噛まれたかった~!
後方の席だったので獅子様が通りませんでした。残念!(>_<)


その後、再び志の輔師匠が登場。
 「今日は、他のが聴きたいな~と思われても他に噺家は出ません」と師匠。
新作・古典まぜて三席も聴けました(^^)

噺の間には、
おめでたい神楽が入り、気分はお正月。
かなり本格的。

スゴい!スゴ~い!
とても得した気分。いいもん観た!(#^.^#)

  志の輔らくご 2017 今回の演目表
  いつもの手書きじゃなくなんと額入り!

落語ってやっぱりいいわ~(^o^)

いつも、紙とPCばかり相手に眉間にシワよせて生きているけれど
時にはこうして笑わなきゃね。
・・・・毎日笑っていられる人生を歩みたいもんだけど(^^;)

笑う門には福来る!
笑えなければ福なんか来ない!


あぁ!面白かった!!(^◇^)


落語を聴いた事な~い!という人に、ぜひ聴いて欲しいデス。
志の輔師匠は、落語を聞き慣れていない人でも笑えると思います・・・・たぶん。
  ↑個人の感性の問題なので保証は致しかねます

あ、でも、チケットがこれ以上取りづらくなるのは困るので
「んじゃあ~行ってみようか」と思われても、仙台公演以外でお願いします m(__)m

  志の輔らくご 2017 終わってから貼り出されます
  なかなか撮れませ~ん(T_T)

そうそう。
今まで聴いた志の輔師匠のマクラ(落語に入る前の前フリ・・のこと)は政治ネタが多いのですが、
今回は選挙も近くないしどうかな~と思っていたら、トランプ大統領ネタでした。

来年の落語会の時はどうなっていることでしょうね~?
笑い飛ばせるといいんですケド(^^;)

 
Tag: 落語

はたらくおとこ

  はたらくおとこ

2016年の見納めはこの舞台。

何年か前に上演したものの再演・・・・らしい。
初回のは観ていないので、マッサラな状態で観劇。

う~~~~~~~ん。

重い。

舞台は東北の“どこか”。
“どこか”は特定していないけど、東北訛りを使っているので「東北のとある場所」ということにしてある。

ケド、
雪が深くて、リンゴの産地で・・・というあたりで、
青森かな?と思わせる。
訛りは津軽弁じゃないけど(^^;)

役者はベテラン揃いで落ち着いて観られて、
時々クスッと笑える芝居で、

・・・・・でも。
周りの誰からも疎まれるような
近くに寄ることすら出来ない危険な“ブツ”を廃棄しなきゃならない~・・・・・って、

この“ブツ”って“アレ”ですよね?

主催の長塚サンは「東北が舞台なので東北で上演したかった」と云ってましたが
・・・・・いま、やる? これ? 当の東北で?
それって、どんな気持ちなんだろ。

重い。

終わってすぐに立てない。
座っていただけなのにドド~ッと疲れた。
とても「面白かった~」とは・・・・・・・・。

 
Tag: 芝居

桂歌丸65周年記念落語会

先日、落語を聴きに行きました。
 ずいぶん日にちは立ちましたが・・記事が流れる前に急いで出しておこう記事(^^;) 

何だかんだよく仙台に来てくれるこの御人。

  桂歌丸65周年 65周年ですって。
  ガラケーで撮っても暗いのよね~(-_-)

長々やっていた三遊亭円朝の怪談噺「真景 累ヶ淵(しんけいかさねがふち)は前回で終わり。

長い話を、話を分けて年に1回1話ずつやっていたのですが、
歌丸師匠の健康状態が心許なく・・・年1回じゃあ話が終わらないかもしれん、と
年2回に増やして落語会を開いていました。
それが、前回で全話終了
無事、出演者全員が死んで終了!←無事?


という訳で、今回は改めて別の噺!(^^)


ゲストは柳家花緑師匠
・・・・落語でゲストって云い方はおかしいな~(^^;)
始まって、緞帳が上がると・・・・二人がパイプ椅子に座ってる状態。
落語で椅子から始まるなんて斬新(^^;)

落語ではなく、対談から始まりました。

話題は、ほぼ「笑点」について
 創成期は意見が合わなくて(特に司会と)全員で番組を降りたことがあって~とか
 視聴率が下がって「戻ってきてくれ~」とスタッフから電話が来た~とか
 師匠が降りた後の司会者人事は番組スタッフと意見が合った~とか
そんなぶっちゃけ話

今回の「65周年記念落語」は、全国を回っているようですが、
全ての会場で対談は行なっているもよう。
ゲストが会場ごとに違うので、その時によって歌丸師匠のノリが違うんだとか。

花緑師匠がその後の高座で、
「歌丸師匠。今日はいつもよりたくさん話をしていたそうですよ~♪」
と自画自賛でした(笑)


対談の後は、通常の(?)落語会の流れで。
まずは二つ目 桂鷹治
「つる」・・・・それにしても「つる」何度聴いたやら(^^;)
仙台に来る二つ目サンはこの演目をやるって規定があるのかね。
何度も聴いているので上手い下手がハッキリ解るよ・・・え~と・・・がんばれ、二つ目クン(-_-)

そして花緑師匠
花緑師匠も何度か仙台に来ているので何度か聴いてます。
前は“超”が付くほどの早口の江戸っ子ぷりで、年寄り客にコレは難しわ~と思っていたけど、
ゆ~っくりな間も、顔芸も、いい噺家サンになったもんだ(^^)


仲入り後。

高座には三味線を手に女性が座り。
林家あずみ
林家たい平師匠の弟子なんだそう。

女性落語家サンは今までに何人も見てますが、正直・・・・面白くない。
仕方ないんですケドね~落語の噺は全て男目線だから。

ケド、初めて見たあずみサン、意外に(←失礼!)面白かった(^^)
三味線漫談が会場の笑いを取ってました。

美人だし、声もいいし、
このヒト祇園あたりに居たら売れっ子だろうに、何故たい平師匠の弟子に?と思ってしまったのことよ(^^;)


そして大トリ。
主役の歌丸師匠

ナマで見ると、本当に細~~~っいです。
太モモが私の腕くらい。是非とも私の脂を差し上げたいものだわ(-_-)


三遊亭圓朝作 「塩原多助一代記~青の別れ~」
歌舞伎にもなっている有名な噺ですね。

あらすじをザッと云うと、

 大百姓の養子に入った元・武家の男児・多助が、
 義父が死んだ後、継母にいじめられ、
 さらには継母に新しく出来た男に、殺されかけ
 可愛がっていた馬(名前が青)と別れ、泣く泣く家を出る・・・

と、いうところまで。・・・・ザッと過ぎ?(^^;)
長い怪談噺が終わったと思ったら、これも続きモノか~い!

一緒に連れて行った伯母と母は「懐かしいわ~あんな話だったのね~」と喜んでいました。

昔昔、
田舎の舞台で素人役者が祭りなんかでやるような演目なんだそうで。
「馬役が二人で風呂敷かぶってやっててね。あんな話だとは思わなかったわ~」
だそうです。
・・・・被り物の馬。男二人分の脚が胴からニョキと出ているやつですね。想像できます。
まぁ、たしかに感動は出来なさそう(^^;)

  桂歌丸65周年演目 人がいっぱいいて正面から撮れなかった(>_<)

この噺の続きが聴けるかどうかは、
歌丸師匠がもう少し体重を増やせるかどうかに係っているようです。
がんばって食べるモン食べて、また来てほしいものです。

 
Tag: 落語

遠野物語~奇怪・其ノ三~

先日、舞台を観ました。

  遠野物語

柳田國男の有名なお話ですが、
そのまま小説どおりではなく(本どおりだったら短編数珠つなぎになっちゃう)「遠野物語」をモチーフにした舞台・・といった感じ。


あらすじは説明がどうにも難しいので、以下チラシを抜粋。

今は昔、あるいは未来。
現実から少しずれた架空の日本。

社会の合理化を目指す「標準化政策」により、全て「標準」が設定され、逸脱するものは違法とされた。
物事は真と偽、事実と迷信に明確に分けられ、その間の曖昧な領域を排除。

作家のヤナギタは東北弁で書かれた散文集を出版したことで任意同行を求められる。
内容も迷信され、警察署の一室で事情を聞かれる。
迷信を科学的に解明する著名な学者・イノウエが召喚され聴取に加わる。
ヤナギタは、内容は迷信ではなく事実だと主張する。
それは東北の青年から聞いたノンフィクションであり怪談とは違うという。

散文集「遠野物語」のエピソードを紹介しながら、
ヤナギタとイノウエは、真と偽、事実と迷信、この世とあの世といったものの、間の世界へ迷い込んでいく。



・・・・どこを抜粋していいやら判らず長くなってしまったよ(-_-)


「遠野物語」を元にしているので、出演者ほとんどが遠野弁
といっても、そのままきちんとした遠野言葉だと観ている人が全然内容が解らなくなってしまうので、
もう少し聞きやすい、軽い東北訛りというカンジで(^^)

仙台公演では、ごく普通にお客さんが笑っていたけど、
これって大阪公演とかあったよな?分かったのかな?
関西の友人にメールを入れたら、やっぱり言葉が解らないところが結構あったもよう(^^;)

特にスゴイな~と思ったのが、池谷のぶえ(敬称略)のオバチャンっぷり。「あぁこういうオバチャン居るよね~」と思えて、何だか親しみが(^^)
それと瀬戸康史(だから敬称略)。長セリフもすらすらとしっかり遠野言葉が浮いてない。

役者サンってスゴイな~(^^)

  遠野物語2冊
  なぜか3冊持ってる原作。中身は同じなんだけど・・・

「遠野物語」好き(^^)

妖怪がいる世界~・・・って、云っても、流行りの“ファンタジー”でなく
リアルに“人ならぬもの”が隣に居るのが受け入れられている世界。
悪いヤツも居るのが当たり前だけど、神様も当たり前に居る・・・・世界。

実際に、柳田國男が「遠野物語」を出した当時、
語り部となった遠野の青年(佐々木氏)は地元で批判されたというのは有名な話。
それだけ地元(遠野)ではこの世界が、現実のこと、外聞が悪いこと、外に話してはいけないこと、として認識されていたってことよね。

原案の「遠野物語」のそんなところを、仮想の日本にして、うま~くズームされていました。

タイトルを見た時は、
河童やおしらさまが出てくるブラックファンタジーな話かな~なんて想像していたのに、
全っ然違った!
ファンタジーどころか、超現実世界だった(^^;)


舞台の世界は“架空日本”設定になっていて、どこかずれているけど、
何でも人と同じであることが一番大切な事のように扱われる“今”とあながち離れていないような気がするな~。

“標準”が政府によって決められ取り締まられて・・というのは、「図書館戦争」(@有川浩・著、映画化もした作)でもあった設定だな。
“今”がいかに標準を押し付けられているか~の危機感を感じている人が文化人(物書きを文化人と一括りしていいものか判らないけど)に多いということだろか。

なんでもかんでも中央の“標準”を押し付けられる~って、とても気持ち悪い。
標準だけの世界なんてそれこそ怪談だよね。
“人ならぬモノ”がいて、死んだお婆ちゃんが語りかけてくるような世界の方が、ずっとずっと人間らしい。
これって私が、標準じゃない仙台弁の中でずっと生きている人間だから?(^^;)

この舞台を観ていたら・・・・“人ならぬモノ”が当たり前に居るのって、
遠野が・・東北が・・標準から離れて蔑まれて生きてきたってことの証かな~なんて思ったりも。

 
Tag: 芝居