合格発表の日

明日は彼岸の入りですねぇ。

昨日は起きたら庭が白くなっていたし、
まだまだ冬物コートが手放せないんだけど~本当に暖かくなるのかいな(^^;)



今日は公立高校の合格発表の日なんだそうな。
・・・・とすると、朝に遇った野球部のユニフォームを着た子は、野球の練習・・ではなくて、
合格者のお祝い部隊(合格した子を胴上げとかする賑やかしの先輩達)だったか。

ニュースで、
大喜びで胴上げされたり、インタビューに「良かったです」なんて涙ぐんでいる子を見ながら
いいなぁ~と、しみじみ羨ましく思うワタクシ。

合格発表で涙ぐむほど感動した記憶がありません(-_-)

  梅の花
  本文とは一切関係ありません(^^;) サクラ写真を載せたいけどまだこちらは梅の候

もう遥か遠い昔のこと・・・・ですが。
合格発表には苦い思い出がありまして。

志望校に落ちた・・・・とかいう解りやすいものではなく。
志望校には受かったんですよ、一応。


滑り止めの高校の発表の日は、同じ学校を受けた同級生数人で見に行きました。
↑これ・・・・考えれば分かることですけど、全員が合格するとは限らない訳で。

・・・・集団の中の一人がダメな場合、も、ある訳で(-_-;)

  花より草? 花より草派

で、
公立高校の発表の日は、友達と一緒に行くのをやめたのですが
一人でトボトボと学校へ向かう途中、友人Mちゃんに遇いました。

同じ時間帯に、同じ学区から、同じ場所に行くのだから
そりゃ~顔見知りの一人や二人と遇うのは当たり前(^^;)

なんとなし~に、挨拶を交わし、
たわいない話をしながら、目的地へ二人でトボトボ・・・・。


グラウンドが見えてきて、

校舎前の人だかりが見えてきて、

あぁ、もう発表されてるね~なんて話をしながら、

あと少しで正門・・・・・の場所。


子どもの発表を見に来たらしい見知らぬオバサンが帰りしな
ふと、私の名札を見て、

「あぁ!あなた○○ちゃん?名前あったわよ!」


  梅が咲いたよ

・・・・・・・・・・(ーー)

おいっ!なぜそれをここで云う!?


今は全て受験番号の羅列ですけど、昔は受験者の氏名が書かれていたんですよね。
新聞紙面にもフルネームで載りました。
個人情報もヘッタクレもない。


すぐそこまでの道を、さっきまで一緒に歩いていたMちゃんと
なんとなし~に、離れて歩き、
一人で発表の看板の前へ。

ここで「ホントだ!あった~!」と・・・・喜べるかいo(`ω´ )o


ボ~っと見ていた私はきっと周りから「この子ダメだったんだな」と見えたことでしょう。
先輩達に囲まれてバンザイ三唱されることも胴上げされることもなく、
ただ一人、トボトボと帰ってきたのでした。


人生において滅多にない思い切り喜べる瞬間を逃した気がしてならない(-_-)

毎年この時期、
大喜びで胴上げされたり、インタビューに「良かったです」なんて涙ぐんでいる子を見ながら
いいなぁ~と、しみじみ羨ましく思って・・・・数十年、
根深いワタクシなのでした。

 
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はなむけ

従兄弟がウチから車で30分弱のところにいる。
歳が近く、小さい頃からよくお互いの家を行き来して仲良くしてきた。

2011年3月。
彼の息子は9ヶ月だった。

奥サンの母乳が出ない、でもミルクが無い・・との緊急事態。

伯父は病気療養中で、ずっとベット生活。
伯母はその看病で離れられず。
彼は仕事先から家に帰って来られない状態。


母とスーパーに並んだ。

ウチの周りのスーパーは震災後早いうちから開店していた。
ただし、天井が落ちていたりガラスが割れていたり、店によって状態は様々。
店内に入れない所は店員さんが品物を外に出してワゴンで売ったり、
人数制限をして、数人ずつ店内に入れたり。

地元の小さな店はあっというまに店内の物を売り切っていた。

そんな中、全国チェーン店は割と長く営業。
やっぱり大手は強いのね。
オムツお一人さま1個、ミルク1個、というカンジで制限されてはいるが、
とりあえず買えるもよう。

「全部でお一人様5個まで」なんていう品数制限の中、延々と列が出来ていた。

震災によるガソリン大恐慌で、車が出せないとき。
途中の道は液状化現象と地割れであちこち封鎖され。
その中を、母がアシスト自転車を駆使して届けに行っていた。


行ったついでに、給水車に並んで水汲みも。

従兄弟地区の給水が、2時間並んで一人2リットルの制限。
1日の家庭の水量には少なすぎ。
当然もう1度並び直し~となる訳だ。
しかし乳児を背負って長いこと並ばなきゃいけないっていうのは・・・・。

乳幼児はとにかく水が要りよう。
ミルクを作るにも、汚れ物を洗うにも水は不可欠。
助けてくれる人が居ないお母さん達は一体どうしていたんだろう。


あの時お母さんに抱かれ、ただミルクを飲んでいた彼が
幼稚園を卒園。

4月には小学生になる。


この春小学生になる君へ。

君のことをたくさんの人が見守っている。
楽しいこともそうでないこともいっぱい経験して大きく逞しくなれ。
 
 

湯治じゃないのに長逗留の人たち

少し前に書いた「鳴子温泉」について。
鳴子温泉と云えば思い出すことが・・・・。


5年9ヶ月前の、震災の、後。
全部ストップしてしまったライフラインのうち、水や電気の復旧のあと、
しばら~くして、最後にガスが戻りました。

ちなみにウチは都市ガス。
プロパンの家はもう少し早かったようです。場所によりますけど。

ガスの復旧が遅かったワケは、
家だけでなく、ガス管等に亀裂などの被害がないか確認するのに時間がかかること、と、

ガスを戻す際に、元栓がきちんと閉まっているか確認しないと戻せないのに
避難所や親類縁者宅に避難をしている人がいると確認が出来ないので
後回しになってしまう家がある・・・ため。

職場では「ガス来た?」が朝の挨拶。

ガスが復旧する時は、家で立ち合いがなければいけないので
休み=ガスの立ち合い
休んだ人がいると「○○さん家は今日ガス通るのかな~いいねぇ」と噂の的になったもんです。


様々な土地のガス屋さんが応援に来てくれてました。
「どこのガスやさんが来た?」も職場の話題に。
全国51のガス事業者から、最も多いときで3700人が復旧作業に当たっていたんだそうです。
ありがたや。

県内では車も道具も被災していましたので、
応援に来てくれる人達は、みんな車や道具ごと来てくれていました。

こちらとしては
「遠い所からスミマセン~ありがとうございます~」ですが
ガスやさんには
「遅くなってスミマセン~」と謝られた・・なんて話もしたっけ。


我が家の、待ちに待ったガスを戻してくれたのが大阪ガスさんでした。


その大阪ガスさんが「宿泊してる」と云っていたのが、鳴子温泉話がやっとつながった(^^;)


遠いわ~!!

仙台市内まで2時間弱。
しかも当時は、地震で道路がボッコボコだったとき。
通れない道もあったとき。
通れる道も、応援の車で大っっ混雑だったとき。

2時間弱・・じゃ、きかないよね~(-_-)

とはいえ、大阪ガスさんのような復興支援隊がたくさん来ていた頃。
それに避難していた人達も居ました。

職場の応援に来てくれた人たちの宿の手配がとにかく大変でした。
ホテルや旅館はどこも満室!
ウィークリーマンションやカプセルホテルのような所まで随時満室!

近い場所に宿が取れません。というか在りません。
職場の人の話だと「(隣県)山形に泊まっているって云ってたよ~」とのこと。

  湯けむり

鳴子から、朝も早よから一軒一軒回って、夜遅くにガタガタの道を帰って。
毎日毎日。
こんな遠い知らない土地で。

大変だな~と思うのと、
同時に、

風呂にゆっくり入りたくて入りたくて入りたくて仕方なかったので、
いいな~毎日お風呂に入れて・・という思いが・・・・・・(-_-)



あの時の大阪ガスさんの鳴子温泉の思い出はどんなだろう。
ゆっくり鳴子温泉は楽しめなかっただろうなぁ。

また、来てくれるといいな・・・・と。

  

漢字は得意なんです

急激に寒くなったせいか、職場内ゲホゲホ族が勢力を増してます。
まだやられていないうちに~と、先日インフルエンザ予防接種を受けて来ました。
昨年と同じ3000円也。

今年のインフル注射は、4種混合なんだとか。
昨年よりも痛みが無かったし、あまり腫れなかった・・・・ような?

これで一安心←?



イギリスでの思い出話ついでに、もう一つ。


一人フラフラとよく行ったのが、大英博物館ナショナルギャラリー
立派な博物館や美術館がタダでいくらでも観られるんですよね~~~。
さすが大英帝国!
羨マシ~ッ(>_<)

それからハーフプライスチケットセンター
毎日どこかしらでミュージカルをしているロンドン。
売れ残ったチケットは、当日決まった時間に半値で売り出される事があるんです。
羨マシ~~ッッ(>_<)

何度も通っていたら、ダフ屋のオジサンと顔見知りになっちゃいました(^^;)
あ、ダフ屋では買ってません。



ある日。
ハーフプライスでチケットを買って、
さて、お腹すいたけどお昼はどうしようかな~と、考え・・・・

バケットやフィッシュ&チップスじゃなく御飯が食べたいな
そういえば、前に妹と来た中華料理店
あんまり綺麗な店じゃないけど、美味しかったな。
そう遠くないハズ。

行ってみると
ランチ時。店内ほぼ満席。
騒然というか雑然というか・・とにかく大盛況な中華屋サン
チャイニーズな店員サンはクルクル忙しそう。

わぁ~どうしよう~・・と思う間もなく、
店員サンに「ここに座れ」と円卓に連れて行かれました。
両隣には白人紳士。
ごった返しているので、有無を云わせず相席です。

席に着くなり、店員サンが

「注文は?」

・・・・へ?メニュー表は??(・_・)

改めて周りを見渡すと、客はオジサンばかり。
昼時の混み合う時にメニューを見ないような常連サンばかりなんだろか。
それとも、一人でこんな混み合う中華屋に入ってくるアジア女は中国人に違いないと思われたのか。

う~む・・・・この状態で「メニュー見せてください」は云いづらい。
そもそもうまく云える自信はない。
それにメニューが文字だけだったらどうせ見ても判らない・・・・。

↑この間、たぶん10秒くらい。

紙に

  鶏 粥

と書いて店員サンに見せました。

  来年の干支 年賀状買わなきゃ!
  写真はイメージです。無料サイトよりお借りしました。

数分後、ちゃんと鶏肉のお粥が出て来ました。
通じた(^^)v


ちなみに、中国人の知り合いによると、「粥」は通じるそうですが
「鶏」は漢字が違うそうです。
・・・・ま、結果オーライ(#-_-#)

 

答えはSheepです

「ヒツジ」といえば、忘れられない思い出があります。


もう十年以上も前。
イギリスへ行った時の出来事。

当時、妹が現地に居たので、ここぞとばかりに転がり込んで遊び歩いていた次第。
ツアー苦手な私の得意とするお一人様自由行動です。


前にも何度か書いてますが・・・・自慢じゃないけど、外国語はカラッキシ
もちろん英語も。(前にも書いた英語が出来ない話→「めざせ国際人」参照)
高校の時はいつも赤点で、英語の得意な友人の助けがなければ留年の危機だった・・・・くらい。
ホント自慢にならん(^^;)

ただ、言葉は出来なくても
一人旅に慣れていると、何となく“危険なニオイ”が判るようになるもので。
「これはヤバイ」もしくは「ここから先はヤバイ」が嗅ぎ分けられれば、危険回避できる。
危険が回避できれば、何とかなるもんです。
生活していくとなれば違うでしょうけど、私の旅の行動範囲くらいならノープロブレム。


さて。
十数年前ある日、ロンドンの郊外にて。

一人ヒツジの群れを眺めておりました。
柵の中ではヒツジ様団体が一心不乱に草をハムハム・・・・と思えば、少し私が動くと、同じくらいヒツジも動く。
一心不乱って訳でもないのね。
絶妙の距離感。
意外と周りに注意しているのね~ヒツジって(^^)

  草を食む羊
  写真はイメージです。無料サイトからお借りしました。

どのくらいのんびりとヒツジを眺めていたでしょう。

ヒツジ達の向こう側から、
カールおじさんをごっつくしたような、THE・イングリッシュファーマーが登場。
こちらにズンズンと向かって来ます。
あきらかに不審な顔。

あ、ヤバイ。これはヤバイ状況(-_-;)

何者か判らないアジア女が、ずっと柵の外に突っ立ってたら、
これは・・・・ヒツジ泥棒を疑われるよね~(-_-;)

といって、今ここで逃げたらなお怪しい。


「なにをしてるんだ!?」←もちろん英語

ごついカールおじさん。
落ちついた声だけど、ちょっと怖い。

え~と・・え~と・・・え~と・・・・

 「ヒツジを見てるだけ」で、いいのかな?
 「ヒツジ可愛いですね」とか?
 いや「ヒツジが好きなんです」の方がいいか?

 って、アレ? ヒツジって英語で何だっけ?
 
 羊・・ヒツジ・・・・ ラム? あ、これは 仔ヒツジ か!
 ヤバイよ!
 「仔ヒツジ見てる」じゃ、もっとヒツジ泥棒ぽいじゃん!


 
↑頭フル回転のこの間、3秒くらい。


出て来た言葉が


I LOVE ウール!!

    WOOL 正しいウール

  ヒツジ達の沈黙
  写真はイメージですってば


・・・・・・・・ごついカールおじさん、
そうか、そうか、WOOLが好きか~!好きに見て行け~!
と、笑いながら去って行きました。


英語得意な友人に話したら「単語くらいちゃんと覚えなさいよ!」と怒られそうな事件だけど
・・・・ま、結果オーライ(#-_-#)


 人にも獣にも害の無さそうな私の凡庸なオーラがあってこその結果ですので、
 同じことをイギリスで試して同じ結果になる保証は致しかねますm(__)m